パブリックヒストリー

小牧・長久手合戦に同行した側室であり側近である「阿茶局」。一族の出自と末裔が明らかに。

執筆:小林鑛一(こばやしこういち):郷土史研究家 長久手市郷土史研究会会員

今回、掲載させて頂いたのは、主に家康公との出会いや側室となった経緯の部分です。阿茶局の父親の飯田久右衛門(源信照)のこと、二人の出会いを取り持った今川氏・武田氏の家臣で後に家康公の家臣となった成瀬正一氏のこと、さらには阿茶局の兄、弟についてのことなどは含まれていません。
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連絡先:090-6579-6085(小林鑛一)

阿茶局は、武田氏の家臣・保延氏の子(初名は順)として甲府に生まれています。武田家臣の血筋だけあり、馬術・武術にも優れていたといいます。後に今川氏の家臣・神尾忠重に嫁ぎ2子をもうけましたが忠重とは早くに死別しています。

須和の名で側室として家康公の相談相手となるなか、次第に全幅の信頼を得るまでになります。徳川軍が参戦した戦場においても何度も家康公に供奉しています。
また大河「どうする家康」で、豊臣方との政治的折衝に携わる場面が描かれましたが(隠密の御用聞きとして)、「大阪・冬の陣」では和議を成立させています。単なる側室の枠を超え、無類の手腕を発揮した側室として知られています。

長久手市福祉の家で催された歴史パネル展「阿茶局 – 一族の出自と末裔 – 2023年10月

「小牧長久手合戦図屏風」(引用元:犬山成瀬家所蔵) 成瀬正一の長男、成瀬正成は後に犬山成瀬家初代当主となります。成瀬正成は長久手合戦で、家康の馬廻りの一人として出陣しました。この合戦図屏風には屏風に2ヶ所、成瀬正成の姿が描き込まれています。阿茶局の兄の安信は、この成瀬氏の家臣となり、家族の関係からも家康の深い信任を得ることになります。

「阿茶局」の菩提寺の東京・清澄白河にある「雲光院」(浄土宗 龍徳山)。清澄白河庭園と東京都現代美術館の中間に位置しています。阿茶局の法号「雲光院」がそのまま寺院の名称になっています。「阿茶局」自らの発願で、芝・増上寺の高僧・潮呑上人を初代住職として開創されました。
今回の長久手でのパネル展には、「雲光院」のご住職も東京からわざわざ来られて、小林氏によって掘り起こされた阿茶局とその一族の歴史と事実、その背景に大いに感嘆し、お二人で雲光院や一族を巡ってお話が盛り上がったとのことです。小林氏もまた「雲光院」を訪れ親交を深めています。

執筆:小林鑛一氏  S22年生まれ 長久手市在住
         長久手市郷土史研究会会員

歴史パネル展
「井伊一族の系譜と家康の子・孫たち」H25
「徳川家康の正室・築山殿の展示」H28
「秀忠の母・西郷の局の祖先と末裔」H31
「美濃・尾張源氏」R4年
「愛知県史にも書かれていない源氏の歴史の調査・展示

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