ディープ長久手

白バスの停留所近くにもう一軒の「旅館」〜旧道、岩作銀座の繁盛ぶり❸【長久手タイムズ】

前方に教圓寺(きょうえんじ)。家康が軍議をおこなった色金山から御旗山に移る際,教圓寺の御本尊が源家累代の如来であることを聞きつけ戦勝を祈願。合戦に勝利したのち家康が寄進した陣羽織がおさめられている。昭和30年代、この岩作の旧道をバスが走っていた。

旧道から少し奥に横道に入るとガラリと景色が変わり、連なる屋根瓦が昭和の面影を残している。

旧道界隈のあちこちに白い漆喰の蔵や建物が立っている。

幕末から明治、大正、昭和初期の面影が漂う裏路地

漆喰は綺麗に塗り替えられているが元々は幕末か明治の頃の建物なのではと思われる。

㊺運送屋(馬車曳き、浅井右三郎)㊻自転車屋(浅井鎌吉)㊼建具屋(林)㊽仏壇屋(樋田)㊾自転車屋(日比野)㊿髪結い屋(浅井じつ)(51)呉服屋(丸優 倉地優太郎)(52)うどん屋兼八百屋(八百市 倉地市三郎)(53)助産婦(さんば、浅井)(54)肥料屋(万富商店)(55)養蚕道具屋(浅井松三郎 後にブラジルへ移住)(56)八百屋(八百惣)(58)菓子屋(59)呉服屋(一六屋)
引用元:『長久手町史 資料編4 民俗・言語』(平成2年発行 編集:長久手町史編さん委員会 発行:長久手町役場)

現在ある「一六屋」の右側に建つ旧い趣きのある伝統的建物。位置的にもこの建物がかつての老舗呉服屋「一六屋」だったのではと推測されます。

老舗呉服屋「一六屋」の右隣には国指定史跡「首塚」があります。色金山麓のお寺の安昌寺の雲上和尚が、敵味方関係なく合戦の後にあちこちに野に晒されていた兵士たちの屍を弔った場所である。

鐡工房「たね庵」とその作品たち。旧道に面して出来上がった作品が置かれてあったりあちこちに飾られてある。

安昌寺へ向かう道。かつての参道。この場所にかつての白バスの停留所があった。安昌寺前の岩作停留所ができる前までは、この参道入口の右側にあった駄菓子屋でバスの切符も販売されていた。

安昌寺へのかつての参道

岩作御嶽山(高根山)への参道入り口。香流川にかかる高根橋。江戸時代〜明治の頃は、東の上郷へ出る時は、この高根橋を渡って香流川の右岸を川沿いに渡って行った。

高根橋を渡った向こう側から旧道方面を見る。

香流川とその向こうの旧道沿いの家

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