愛知県立芸術大学は、長久手市東南部の尾張丘陵の森の中に位置しています。この森の中で、1974年から約半世紀にわたって日本各地の国宝や重要文化財の調査や修復、そして「模写」が営々とおこなわれてきたことは、市内でも美術関係に関わる人以外あまり知られていないかも知れません。
現在、同大学の「文化財保存修復研究所」にて、2026年春に古戦場公園に建設されている「古戦場ガイダンス施設」で展示される「長久手合戦図屏風」の模写の制作が行われており、あらためて同大学の「文化財保存修復」「模写制作」について、その長いヒストリーを確認するのは意義あることと思い2回にわたってレポートいたします。
愛知県立芸術大学の「模写事業」は、昭和49年(1974)から片岡球子先生の発案による「法隆寺金堂壁画模写」から始まっています。その後の43年間に、高松塚古墳壁画など62点の国宝、重文の模写作品が完成しています。
平成22年には安城市からの依頼による「聖徳太子絵伝10幅」の現状模写を制作。
また「名古屋城本丸御殿障壁画」の復元模写を名古屋市の依頼で平成5年から開始しました。
片岡球子展覧会ポスター(2015年) 東京国立近代美術館と愛知県美術館にて開催 / 片岡球子(1962年撮影)wikipediaより引用 美術出版社(public domain画像)
愛知県立芸術大学の「模写事業」は、なんと古く「長久手市」が「長久手村」から「長久手町」となったわずか3年後から始まっています。
片岡球子先生が、東部丘陵の森のなかでの同大学の開校(昭和41年 1966年)と同時に、日本画科主任教授に就任、その7年後の昭和49年(1973)に「模写事業」を発案、教育資料の蓄積を大きな目的として提案したことから始まっています。
「模写事業」を発案したその年には、後年片岡先生の代表的な作品群となる「面構」シリーズと「富士山シリーズ」の制作をちょうど開始した時期にもあたっています。エネルギュシュに制作していた折しもその時期に、国宝や重文の「模写事業」を発案していることは極めて意義深いことだと思われます。
県立芸術大学創立50周年記念事業の一環として、2016年に名古屋市古川美術館において「愛知県立芸術大学模写展〜片岡球子が遺した模写事業とその後継者たち」が日本画専攻によって企画されています。
キャンパス内にある「文化財保存修復研究所」では、法隆寺金堂壁画を皮切りに、高松塚古墳壁画、釈迦金棺出現図、西大寺十二天像など平成26年までに63点の模写が制作されてきています。
また古典模写は定期的に公開展示され、文化遺産の継承と地域文化の向上に役立てられています。
「年報 第1号」より 「模写と文化財修理」
「年報 第1号」より 「模写と文化財修理」
「年報 第1号」平成26、27年
修理報告:
真長寺蔵(岐阜市) 絹本着色「十二天像」のうち八幅
教圓寺蔵(長久手市)「松梅図屏風」「阿弥陀如来図」ほか
本證寺蔵(安城市)「六字名号」
調査報告:
「名古屋城本丸御殿復元模写障壁画」
キャンパス内にある文化財保存修復研究所
「年報 第1号」より 「名古屋城本丸御殿復元模写障壁画」の調査
「年報 第1号」より 教圓寺蔵(長久手市)「松梅図屏風」の修復
「年報 第1号」より
国宝「仏涅槃図」の現状模写制作は、2014年高野山から特別許可を受け愛知県公立大学法人委託事業として3年かけ進められた。
高野山 金剛峯寺
「年報 第2号」平成28、29年
「地域文化財を守るために 災害と文化財」講座
修理報告:
浄光寺蔵(津島市) 紙本墨書 豊臣秀頼「六字名号」
琳光寺蔵(大垣市)絹本着色「不動明王」
瑞泉寺蔵(名古屋市緑区) 紙本墨書「道元禅師行状図」他
模写報告:
金剛峯寺蔵 国宝「仏涅槃図」現状模写制作
調査報告:
「岐阜県立美術館油絵収蔵品」
藤田嗣治 「夢見る女」
「年報 第3号」以降は次回に紹介予定
「長久手合戦図屏風」
天正十二年(1584)、徳川家康と羽柴秀吉との間に9ヶ月に及ぶ長い戦さのなか、ついに4月9日に家康軍と秀吉軍(森長可・池田勝入隊)の間で激しい合戦がおこなわれました。6曲からなる「長久手合戦図屏風」には、家康本隊も登場するため徳川家では江戸初期の制作以来、大切な遺宝の合戦図屏風として長く保存されていたものです。
日本美術の復元模写の技法で高く評価されている愛知県立芸術大学では、現在、徳川家で最も大切にされてきた屏風絵「長久手合戦図屏風」の模写がおこなわれています。
写真は、今年4月「アド街っく天国. – 長久手とジブリパーク」でも収録放送された作業場にお伺いし、法隆寺などの仏画の復元を統率してきた岡田眞治教授にお話を伺った時の記録写真です。(撮影:2024年5月)
作業部屋の壁には、タテ約1.5m、ヨコ幅が3.6mもの大きな実際の「長久手合戦図屏風」が掛けられ、木床に模写の作業途中の屏風が丁寧に置かれています。
制作は「現状模写」ではなく、制作当時の色彩をリアルに再現する「復元模写」の手法がとられていました。そのため現状の屏風の色合いよりも鮮やかな色彩で屏風が蘇っていくことになります。
「長久手合戦図屏風 復元模写」は、なんと二点の復元模写が平行しておこなわれていました。(撮影:2024年5月)
そのうちの一点は2025年に長久手古戦場公園に完成予定の古戦場ガイダンス施設に開館の目玉として展示されることになっています。