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800mつづく「せせらぎの小径」で憩う散歩。【長久手タイムズ】

市西部、古戦場通りグリーンロード(東狭間)から長久手城跡がある城屋敷エリア、そして景行天皇社手前の県道まで、ざっと800mにもわたってつづく樹木と石畳の曲がりくねった小径が「せせらぎの径」です。市内でも趣きのある美しい小径で、縁のあるレリーフや、愛知県立芸術大学の生徒さんがデザインした標識が立ち、時に芸大生によるアート作品の展示に出会う時があります。じつは市民でもこのエリア以外の方には意外と知られていないようです。一度、散歩に訪れれてみてはいかがでしょう。市外からの訪問者も、長久手古戦場公園や鬼武蔵として知られた森長可の「武蔵塚」、血の池公園に立ち寄られた折に出向かれるのをお勧めします。

リニモの「杁ヶ池公園駅」から50m程、グリーンロード沿いに道を辿るとせせらぎの径へとつながる路地に着きます。住所は「東狭間」です。

古戦場公園から徒歩10分、武蔵塚から徒歩5分、血の池公園から徒歩1分で、「せせらぎの径」の中程に出ます。

(注意)Google Mapで示されている青い点線は、古戦場公園から「せせらぎの径」に辿りつくまでのルートです。「せせらぎの径」は、Mapの左方の細い緑色で示された小径です。

「せせらぎの径」の呼称の由来は、かつてここが小川が流れていたことからだという。雨の日には、石作りの溝に雨水が流れ、昔の光景が蘇ります。

径の途中には休憩所も。

中程に「せせらぎの径」設立の大きな石碑が建っています。

「せせらぎの径」の沿革の石碑。これによれば近隣の都市化が進むにつれ無秩序な宅地化を憂慮したなかで、この地の区画整理が計画されたこと、また知事の認可を受け組合が設立された上で事業に着手され17年の歳月を費やして組合員が一丸となって新しい街づくりが協調の精神で困難を克服していったことが刻間れています。平成3年の竣工の記。長湫東部土地区画整理組合によるもの。

秋に稲が実る頃、豊年祭りとして近くの景行天皇社を含め、神社や寺に奉納される「警固祭り=馬の塔(オマントウ)」(県指定無形文化財)のことが紹介されている。この祭りの起源は、古文書の記録に残るものとして、家康と秀吉が戦った長久手の戦いの約20年後、慶長8年(1603年)に長久手の各地域の警固隊が猿投神社へ献馬されたこととされます。

愛知県の代表的な民俗芸能の一つで、県重要無形文化財「棒の手」についてのレリーフ。「棒の手」は「警固祭り」の際に、長久手の各地の寺社の境内で奉納されます。その起源は、戦国時代の農民武芸からはじまった友、修験道からはじまったともいわれている。

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