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信長が森長可に領地を与え、大改修された大草城 ❶【長久手タイムズ】

城郭の周囲の水田地帯から30mの高さの丘陵の頂きに構築された大草城。守備力を強化するために帯状に造られた帯曲輪(くるわ)と土塁が見られます。日本の城郭に取り入れられた構造物のひとつ。

北側から城跡地を望む。下に掲げたイメージマップでは帯曲輪(くるわ)に相当する場所。左手に道沿いに住宅と店舗が建っています。

大草城跡を北西側からみると主郭に至るまでの地形の様子が分かります。下のイメージマップ上の西郭群と土塁部分に相当。

引用元:長久手郷土史研究会の資料より。ホームページはこちらへ

山田郡・山田荘(13世紀)のエリア 引用元:「ホーム守山 中世のページ」

この写真も、大草城跡を北西側から見た光景です。上の城跡地をイメージした地図では、西郭群と土塁部分に相当。
大草城は東西・南北ともに約250m。岩作城が約70m×90mだったことからもかなりの規模だったと推測されています。


主郭があったであろう場所から南東方面の里山地区が眺望できます。モリコロパーク・ジブリパークがある丘陵が左手奥に見えます。
主郭のある丘陵の頂きの標高は150m程で、西南郭から色金山や岩作御嶽山、その間から伊吹・鈴鹿山系や名古屋の高層ビル群が垣間見えます。
また北側には、晴れた日には白山連峰を遠望することができます。




主郭があった場所から東方、熊野神社がある森方面

左手の主郭のあった右手には、土塁が長く築かれています。

再び北側からの眺望

この記事を書いた人
1960年 長久手生まれ。上郷保育園、長久手小学校、長久手中学校へ。菊里高校、青山学院大学英米文学科卒。英字新聞部「青山トロージャン」所属。編集プロダクションのMatsuoka & Associatesにて学び、編集工学研究所入所。 1990年、洋書写真集・美術書をリースするArt Bird Books設立、1992年中目黒駅前に店舗を構える。2009年から代官山蔦屋書店にて主に写真集のブックコンシェルジェとして勤務。2020年、Uターンで地元長久手に戻る。 『Canon Photo Circle』誌の写真集コラムを1年間連載後、「長久手タイムズ」を始動。
コメント (1)
  1. Celia L より:

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