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古代の都・飛鳥とつながっていた古代長久手! – ほとぎの里、刻銘須恵器による大発見!【長久手タイムズ】

市が洞共生ステーションのすぐ目の前にある貯水池。ここから市ヶ洞と丁字田の窯跡まで近い

市が洞小校区共生ステーション。この建物の中に「ほとぎのさと展示室」があります。

「瓫(ほとぎ)」とは、酒や水などを入れていた素焼きの器のこと。
「五十戸(さと)」は、「五十戸」と書いて「さと」と読むとのこと。「里」や「郷」の古い表記。なぜ「五十戸」かというと、古代律令制ではおよそ「五十戸」が一つの集落とされていたため。

市が洞小校区共生ステーション内「ほとぎのさと展示室」。映像紹介の場面

口径が54cmもある巨大な大甕(おおがめ)。なんと高さは117.5cmもある。実際にはバラバラでで出土し、つなぎ合わされました。こちらは現在、長久手古戦場公園資料室に保管されているとのことです。古墳後期とさほど変わらない飛鳥時代の窯跡から発見されたもの。

岩作の「石作神社」の創建は、9世紀の834年で、丁子田1号窯、市ヶ洞1号窯出土の須恵器はその半世紀ほど前のもの(平安時代の「延喜式神名帳」に山田郡の石作神社と記載されている)。岩作の「石作神社」と飛鳥の「石神遺跡」はなんらかの関係があったのかもしれない。

飛鳥の「石神遺跡」の石像

さすが古代の都「飛鳥」。石神遺跡は、朝廷の迎賓館や役所としてもちいられていた施設とのこと。ここで長久手からの「甕」などの刻銘須恵器が出土しました。

現在の奈良・飛鳥の地。山と田圃のある土地柄は、自然溢れる景色は、現在の長久手東部の里山の風景と似ているかもしれません。

こちらは長久手東部里山エリア

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