毎年10月の「警固祭り」の朝は、長久手市民にとっては特別の朝になる
今年の秋は、長久手西部・南部地区の「長湫警固祭り」(県指定無形民俗文化財)が開催されました
「警固祭り」の「警固」とは、神の依代のダシ飾りを乗せた神の使いの「神馬」を鉄砲隊と棒隊が警固(警護)するという意味
尾張と西三河に戦国時代から伝わるという豊年感謝の祭りです
神馬が2度駆け抜けていった後に、棒術である「棒の手」が披露、奉納された様子を共有致します

馬具の標具(だし)の飾りつけは地域によって異なり、長湫は大きな団扇がシンボル
両翼に「天下泰平国土安穏」の2本の幟
東切りと西切りの「出会い」の儀式が終わると、大鳥居をくぐり観客が一斉に棒の手がおこなわれる場所や境内へとのぼっていきます


景行天皇社の立派な「神馬像」
神馬の銅像を前で棒の手が奉納されます。馬は神様の使い「神馬(しんめ)」です

クヌギ、カシ、クスノキ、サクラなどが生い茂る鎮守の森の中でおこなわれる棒の手
棒の手は愛知県の無形民俗文化財に指定されている
棒の手は、神馬の守りを固める棒持ちの「棒術」であり、
「武道」である
棒の手は、神馬の守りを固める棒持ちの「棒術」であり「武道」である。
長湫には4流派(鎌田流・見当流・起倒流・検藤流)があります
以前この場所で棒の手は2、3カ所で行われていたといいますが、参加人数も子供達や女性(前回から)徐々に多くなり、今回は同時に5カ所で次々におこなわれており、とくに若者、子供たちの参加が多くなったようです
景行天皇社と熱田神宮
熱田神宮は、景行天皇在位43年(113年頃)に創祀されました
景行天皇社と熱田神宮はともに神代の時代から天皇家とも深い関係にあった大豪族「尾張氏」によって築かれています

鉄砲隊と棒隊、そして神馬が2度駆け抜けた場所。その場所で棒の手が奉納されます

景行天皇社は、ヤマトタケル(日本武尊)が東征を果たした後、父である第12代天皇・景行天皇が戦跡を巡る行幸の折、岩作の石作大連が斎殿を造営して天皇を歓迎したと伝わっています
第54代仁明天皇が在位する承和4年(837年)、長湫の根ノ神の地に天皇の名を冠した景行天皇社の社殿が建立されたとされます