長久手も桜が真っ盛りですね
今回紹介するのは、長久手に植樹された「岐阜 根尾谷淡墨桜2世」の桜の木にまつわるお話しです
地元で語り継がれてきた桜にまつわる奇跡のような話しが、1冊の絵本「いのちのさくら〜長久手桜〜」となっています
本来、植樹されることはなかった「根尾谷淡墨桜」がどうして長久手の地にあるのか
絵本「いのちのさくら〜長久手桜〜」は、おばあさんおもいのおじいさんの熱心な行動から始まります

絵本『いのちのさくら〜長久手桜〜』で描かれた長久手東部の大草・福井にある「根尾谷淡墨桜二世」
「根尾谷淡墨桜」から長久手の地に植樹されたに4本のうちの1本

絵本『いのちのさくら〜長久手桜〜』
本書の企画・制作・発行:
一般社団 未来とコラボ
NPO法人はぐくみ(里山はぐくみ園)
イラスト・デザイン : 安藤恵美(米金荘)
本絵本はクラウドファウンディングで制作されました。巻末に皆さんの似顔絵とお名前が掲載されています
その資金は、「いのちのさくら」保全活動費としても充てられています

絵本「いのちのさくら」 はじまり
昔々、愛知県の長久手というところに、
おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんとおばあさんはとても仲がよかったのですが、
おばあさんが重い病気で、おじいさんはとても困っていました。

おじいさんとおばあさんは、ある日、
「岐阜県の根尾谷に1500年以上生きている『淡墨桜』という桜があって、その桜を見た人は、どんな病気でも治って元気になってしまう」という噂を聞いたのでした
淡墨桜にあやかりたいと、おじいさんはおばあさんを連れて、根尾谷まで行ったといいます

2人はこの淡墨桜の苗が欲しくなり、この桜の<不思議なパワー>を長久手のみんなにも分けてあげたくなり、根尾谷の人にお願いに行ったそうです。
ところがこの桜の苗は他の人に渡すのはやめたんだ、と断られてしまったといいます。
断られてしまった根尾谷の淡墨桜がなぜ長久手の地にあるのでしょう?

岐阜県本巣市の「根尾谷淡墨桜」(エドヒガンの大古木)
樹齢1500余年を誇る「根尾谷薄墨桜」は、山梨県の「山高神代桜」、福島県の「三春滝桜」とともに「日本三大桜」(日本五大桜の一つでもある)とされています
「根尾谷薄墨桜」は第26代天皇継体天皇のお手植えによるものと伝えられています
どちらも大正時代に制定された「史跡名勝天然記念物保存法」に沿って選ばれ、<国の天然記念物>に指定されています
画像:Wikipedia 根尾谷淡墨桜より

昭和52年(1977年)当時の植樹記念の石碑「根尾淡墨桜二世」
この時、すでに「国の天然記念物」に指定されていたようです

日本三大桜の「根尾谷淡墨桜」から半世紀前に植樹された「淡墨桜二世」
「あんたらどこから来たんだい?」
「長久手です」
「そうか。長く、久しく、手をかけてくれそうだ」
「特別にあげよう!」


桜はどんどん大きくな立派な桜へと成長しました
おばあさんは桜を育てているうちに、いつの間にか元気になっていました。
ふつう桜の花が咲くには15年から20年かかると言われていますが、
10年で見事な花を咲かせたといいます。


交通事故で声が出なくなった人が、桜を見たとたん、
「来年もきっと来るでなあ」と大きな声が出るようになったといいます。
子供ができないと悩んでいた女性が桜に頼みに来たといいます。
「桜をさすった手で、旦那さんをさすってあげなさい」とおばあちゃんは答えたといいます。


おばあちゃんはこの桜から「命の大切さ」を教わりました。
90歳になった今もなお、戦争体験者として、
人々に「命の大切さ」を語っています。


一般社団 未来とコラボ代表でソーシャルコラボレーターの山田将史さんに長久手の氏神にあるオフィスでお話を伺いました
「いのちのさくらの物語」制作について〜「里山こども保育園」「里山はぐくみ園」のこと
絵本『いのちのさくら〜長久手桜』の全頁をご覧になりたい方やお問合せは、一般社団 未来とコラボ(こどもキャリアパーク ミラコラ)までご連絡してください。
電話番号 : 0561-62-5231 / 住所:長久手市氏神前304-1

淡墨桜のすぐ手前、ほぼ半世紀ぶりに新たに植樹された桜の木の枝
この「淡墨桜」を含め、この一帯は「木望の森」と呼称されているエリアになっています
「木望の森」よりさらに奥まった場所は「東山地区」として「長久手市里山基本計画」の対象ゾーンの一つ

撮影日:2026年3月20日
絵本『いのちのさくら』に描かれた「根尾谷淡墨桜」がある場所
モリコロパークから1km程のところ、里山エリアの大草の「福井」という地区にあります
「福井」には平成子ども塾やシンシアの丘がありますが、そこへ至る道の手前300m程、神明川にかかる「小深橋」から望むことができます
住所 : 長久手市福井1588