去る8月10日(月曜)に、長久手の夏を彩る伝統行事 「観音祭り」が岩作安昌寺にて催されました
別名、「九万九千会(くまんくせんえ)」とも言われ、この日に観音様にお参りするとなんと九万九千日分の大きな御利益を賜ることができると伝えられています
また境内の観音堂をお花で飾ったことから「十日の華」とも
長久手のお祭りの中でも最も古いお祭りともいわれるように、盆踊りがはじまる19時頃にはまるで昭和時代、否、江戸時代にタイムスリップしたかのような空気が辺りを包みはじめます
今回、盆踊りの時間に居合わせることができませんでしたが、その前後の時間を幾らか共有させていただきました

境内に置かれた大太鼓(17時頃)

曹洞宗の古刹安昌寺
小牧長久手の戦い(1584年)で、徳川軍が秀吉方と決戦を交える前に軍議を開いた色金山の麓にある安昌寺
合戦の後、亡くなった将兵の亡骸を敵味方関係なく、安昌寺雲山和尚は弔ったと伝えられている。お祭りは手前の広場で催されています
戦死者は、ここからすぐ近く、参道を入った所に、和尚が築いた「首塚」に手厚く葬られている。




安昌寺境内にも設けられた出店
建物は左手から「観音堂」、本堂、そして長久手市ではいちばん古い木造建築物とされる鐘楼(1770年建造)
安昌寺には、「長久手戰略記」「天正征伐記」「長久手物語」など数多くの長久手合戦に関する資料が所蔵されているほか、うわばみ図絵馬や仏涅槃図、まだ竹千代だった頃の徳川家康の書の一軸など多数の文化財も所蔵されています
江戸時代、尾張藩主や多くの藩士、文人墨客たちが訪れてきました


和太鼓集団 狛犬社中(瀬戸市中心に活動)の迫力ある演奏が始まりました
夏祭りが盛り上がっていきます

盆踊りが始まる夜7時が近いづいてきます
盆踊りが終わって、、、


参道近くのアトリエ「たね庵」に飾られたあった女形「行灯」が夜道を照らしていました
夕闇が落ちた境内。安昌寺大門をくぐりぬけてきた浴衣姿の仲良し4人組
大きな山門は江戸時代末期の1861(文久3)年の建造です


安昌寺参道には趣向を凝らされた「行灯」が灯されます


令和の時代も子供達に人気の輪投げ 一番遅くまで混んでいました

なんとも昭和な輪投げの陳列

祭りの後の寂しさ、、

小牧長久手の戦いで、徳川軍が秀吉方と決戦を交える前に軍議を開いた色金山の麓にある安昌寺
お寺を囲むようにこんもりとした樹々が色金山の森
お祭りは境内と手前に広がる場所で催されています
激しい合戦の後、亡骸を敵味方関係なく、安昌寺の雲山和尚が弔ったと伝えられています
亡骸は参道近く、雲山和尚が築いた「首塚」(国指定史跡)に手厚く葬られました