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2012年1月、「長久手市スタート」!当時の様子を伝えるメディアの特別刷り/2012年という年に何があったのか【Nagakute Times】


2005年開催の「愛・地球博」を機に発展が著しく人口増加は県内トップ。各商業施設も建設ラッシュと、すべてが右肩上りの市制スタートでした

市内で一番新しい市が洞小学校の発足が2008年で愛知万博の3年後、初年度の児童数は540人で、そのわずか4年後には800人まで増え収容人数ぎりぎりの24クラスに。その後南部地区の私有林が区画整理で宅地化されるので、未来予測で2017年には39クラスが必要になる見通しだと記事に書かれています

長久手市になるまでの平成時代の
主な出来事

平成元年(1989)トヨタ博物館開館
平成4年(1992)名都美術館開館
        中央図書館開館
     ベルギーのワーテルロー市と姉妹提携
平成7年(1995)市内のゴミの分別収集始まる
平成8年(1996)色金山歴史公園開園
平成10年(1998)文化の家開館
         N-バス運行開始
平成12年(2000)アピタ長久手店オープン
平成14年(2002)福祉の家開館
平成17年(2005)リニモ開業
         愛・地球博開催
平成18年(2005)長野県南木曽町と友好都市に
平成19年(2007)あぐりん村開設
         エコハウス開館
平成24年(2012)兵庫県宝塚市と友好都市に

ちなみに
イオンやIKEA は長久手市になってからです
イオンモールは平成28年(2016)オープン
IKEA長久手は平成29年(2017)オープン

「広報ながくて No.586」


「中日新聞社 2012年保存版 長久手市誕生記念航空写真集」より 
 上記写真集より、長久手の変化が最もよく分かるり4点を以下に引用

最も変化した長久手南部の市が洞地区
平成11年(1999年)にはまだアピタピアゴも、その横を通る「けやき通り」もないことが分かります
猪高緑地につながる私有林だった雑木林(現在の南部公園もそのなか)が区画整理、造成され宅地化されました


2012年 野田佳彦首相、消費増税の大義を熱弁!
2026年 野田佳彦党首、今度は逆に食料品消費税は恒久的に0%と熱弁!

社会保障と税の一体改革はまさに亡国的政策となりました
消費税増税は社会保障改革本部で事前に決定し、どの政権であっても先送りできないものでああり、増税分は「すべて社会保障に!」という説明は、上からの大きな力がはたらいたものですが、現在は欺瞞だったことは明らか

当時、いったい何が語られていたのか。歴史の審判を仰ぐため会見を今更ですが見てみましょう

消費増税 〉震災復興、原発事故、経済の再生、行政改革

消費増税が、2012年当時、震災復興、原発事故、経済の再生、行政改革よりも重要事項で政治生命をかけた不退転の覚悟で決定した、という「野田内閣総理大臣記者会見(2012年年8月10日)」全文がこちらです

震災復興や経済の再生より「消費増税」こそが最も重要なことで他のことがどうなろうと何がなんでもやらなくてはならない重要な政策であると語っていますね。当時の民主党の公約には入っていませんでしたが○○省にうまく丸め込まれてしまいましたね
もはや何をか言わんやです

この記事を書いた人
1960年 長久手生まれ。上郷保育園、長久手小学校、長久手中学校へ。菊里高校、青山学院大学英米文学科卒。英字新聞部「青山トロージャン」所属。編集プロダクションのMatsuoka & Associatesにて学び、編集工学研究所入所。 1990年、洋書写真集・美術書をリースするArt Bird Books設立、1992年中目黒駅前に店舗を構える。2009年から代官山蔦屋書店にて主に写真集のブックコンシェルジェとして勤務。2020年、Uターンで地元長久手に戻る。 『Canon Photo Circle』誌の写真集コラムを1年間連載後、「長久手タイムズ」を始動。 mail address:nagakutetimes@gmail.com

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